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瞑想オカン

ヴィパッサナー瞑想修行に勤しむ四十路オカンの日記

2016年3月1日 カルマの粒度

食事の瞑想。
目玉焼きを乗せたご飯を食べる過程を観察する。

フォークを手に取り、丼に近づけ、フォークを横にして卵を切り、ご飯と一緒にすくい、口元に運び、口に入れ、舌に触れるのを感じ、咀嚼し、飲み込み、食べ物が喉を降りていくのを感じ…

一つひとつの動作は単純だけれど、1サイクル毎に少しずつ違う。そして、動作から生まれる心も少しずつ違う。

今日の目玉焼きは少し焼き過ぎていて、ひとくち口に含んだ時に苦味を感じた。そのためか、二口目を口に入れる直前に、私の心は苦味に対して身構えた。

なるほど、これがカルマの働きかと納得した。

けれど、二口目は思ったほど苦さを感じなかった。直前の心や体の働きが因となり、次の何かが作られる。そうやって、私が私と呼んでいるこのプロセスが動いていくのだろう。

まだぼんやりとしてはいるが、これまで言葉で理解していただけだったカルマの働きを小さな体験として理解できたのは、割と大きな出来事だったと思う。

カルマというのは、多分、次の状態を作るエネルギーのようなものなのだ。
そして、それはマトリョーシカのように層をなして様々な粒度で生滅する。前世今世」といった大きな単位だけでなく、瞬間と瞬間をつなげていくものなのだろう。