瞑想オカン

ヴィパッサナー瞑想修行に勤しむ四十路オカンの日記

2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「抜苦与楽」

一年ほど前のことになるが、タイで修行をしておられるプラユキさんという僧侶の方にお目にかかったことがある。 私はヴィパッサナーを書籍で学び、初心者瞑想指導の会というのに一度だけ出席した後は、基本的に一人で瞑想修行を続けてきた。瞑想会や合宿のよ…

「良し悪し」という概念

私が初めてヴィパッサナーを知ったのは2011年頃の事なので、なんだかんだで6年近くヴィパッサナーに関わってきたことになる。 といっても、初めの数年はそれほど真剣に取り組んでいたわけではない。 当初の「瞑想」は「ラベリングをしていればとりあえず頭の…

Interconnected

今日は朝から「デジタルで相互接続された世界における新たなビジネスリスクについて」というテーマの記事を書いていたのだが、先ほど情報の収集と整理が一段落し、記事の構成にもおおむねメドが立ったので、どれ、いっちょ気分転換に瞑想をするか…と座る瞑想…

慈悲と変容

先日、駅の待合室で座っていたら、泥酔した男性が入室してきて、見えない誰かを大声で罵倒し始めた。街へ出ればよくあることで、そういう時は目を合わせないようにして無難にやり過ごすのが、いつもの私のやり方である。 その時も手にしたKindleに目を落とし…

闘いからの卒業

生きている中でなにが辛いかといって、自分で自分を守ろうと必死になることほど辛くて苦しいことはない。 たとえば仕事でなにか失敗をして上司にこっ酷く叱られたようなとき、辛いのは失敗した瞬間でも叱られている間でもなく、「失敗して叱られている惨めな…

生活の中での瞑想

ヴィパッサナーを始めるまで、瞑想とは静かな場所で目を閉じ、じっと座ってやるものというイメージを持っていた。 確かにそういう瞑想もあるが、ヴィパッサナーとは詰まるところあらゆることに気づいてゆく瞑想なので、その気になれば起きているあいだ中、ず…

Twitter瞑想

長いことBlogの更新報告しか流していなかったTwitterを、最近またちょっと積極的に眺めるようになった。 ヴィパッサナー瞑想や初期仏教に関心のあるご同輩方と、Twitter上で緩やかな繋がりを持てたことがそのきっかけだ。 改めて使い始めてみて思ったのは、T…

無常、無我、苦

デジタルの時代に生きる私たちは、「無常」「無我」の真理に気づく糸口を得るということに関して、とても恵まれた環境にあると思う。 あらゆるものが刹那ごとに生滅を繰り返しているということは、コンピュータの中で展開される世界が実は0と1(電流のオンオ…